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経営者の感覚と会計がずれる理由

「勘定合って銭足らず」という言葉があります。会計によって作成された決算書では利益が出ているのに、 手元に残った現金を数えてみると、全然残っていない…。このような経験はないでしょうか?

税理士事務所時代の話です。合計残高試算表を作成し、 その資料を基にお客様と打合せをさせて頂くのですが、 「そんなに利益が出ているはずがない」という言葉を聞くことは 少なくありませんでした。 経営において、儲かった!という実感を経営者が持つのは、 事実としてキャッシュが増えたときなのだと思いました。

ではなぜ、経営者の感覚と会計(数字)のずれが起こるのでしょうか? その1つには、日本が採用している原価計算の仕組みがあげられます。 このことについては、税理士試験の科目に簿記論や財務諸表論というものがあり、 それらを勉強しても出てきませんでしたので、 多くの方がご存じ無いお話しだと思います。 しかし、実は、1936年から提起されている問題なのです。

これは、J.N.Harrisという人が、 「わが社は先月いくら儲けたか?(What Did We Earn Last Month?)」 という論文を公表したことにより、初めて公の場に具体的に 取り上げられることになりました。 この論文に紹介されている社長とコントローラーの会話は、 原価計算の仕組みが経営者に与えてしまっている影響を、 如実に表していると思いますが、如何でしょうか? 園田平三郎氏の著書である「直接原価計算-J.N.Harrisの学説研究-」の 11-12ページをそのまま記載させて頂きます。 専門用語が出てきたり、読みづらい部分があるかと思いますので、 そういった部分は無視して頂き、ザーッとイメージで読み進めてください(^^)/(コントローラーとは、経理部長・監査役のような役割とお考えください)

社長「このなまず野郎め!先月と比較して売上は10万ドル以上も増加しているのに、 利益は2万ドルも減少していると説明するつもりかね。」
コントローラー「その通りです。Mr.Stone。」
社長「Rowe、お前は気が狂ったのではないか。 気が狂ったのでなければ、お前の混乱した会計制度は 黒色火薬ほどの価値もないものだ。 売上高の増加によって、少なくとも3万ドルは利益が増加すべきはずなのに、 それにもかかわらず2万ドルの減少を示すということは、 どういう理由なのかね。 私は売価の切り下げをしていないことを承知している。 そして、この月次損益計算書は、販売量がまともな額であることも知っている。」
コントローラー「全くその通りです。しかし、10月には、 我々は売上高のほぼ半分しか生産しなかったのです。 その結果、不足配賦工場間接費が、増加した総差益を食い尽くし、 さらにそれ以上のものを食い尽くしてしまいました。」
社長「ところで私がここで言えることは、そのような結果を計算するのなら、 君の標準原価計算制度はまったく間違ったものだ。 とにかく、なぜ我々は不足配賦間接費を認めなければならないのかね。」
コントローラー「健全な会計実務は、正規なこととしてそれを認めています。 それは規則通りであり、それについてはまったく誤りはありません。」
社長「それなら、健全な会計実務も規則も葬ってしまいたまえ。 私は、売上高が増加したときに利益の増加を示す損益計算書がほしいので、 生産がどれだけであるか、ということはどうでもいいんだ。 私はこのような比較表を取締役達に説明するのはもう飽きた。」
コントローラー「それでは社長は、画面から不足配賦工場間接費を 取り除こうというのですか。」
社長「私は君が不足配賦工場間接費をどのようにしようとも気にしない。 しかし、売上高が増加した時には利益の増加を示し、 売上高が下落した時には利益の下落を示す損益計算書を私にくれたまえ! そうすれば私は多くの苦痛から救われるだろう。」

「直接原価計算-J.N.Harrisの学説研究-」園田平三郎より

つまり、売上が増えたので利益が出てるはずでは?という問いに対する返事が、 「生産を減らしたから赤字です」ということなのです。 逆に言えば、売上が大幅に減ったから赤字になるはずでは?という問いに対する返事が、 「生産を増やしたから黒字です」ということもあるのです。

皆さんは、この会話に違和感はありますでしょうか? ものを仕入れて、それを販売する企業には無い問題ですが、 製造業の皆様にとっては実は大きな問題なのです。 黒字倒産が起きるのも、この原価計算が1つの要因になっています。 会計は、リアルタイム経営の役に立つものでなければなりませんが、 原価計算によって歪められた(経営者感覚と乖離した)決算書によって 間違った意思決定をしてしまっていたとしたら・・ 羅針盤のNが、実は南を指していたとしたら・・

私たちは、数字とのミスコミュニケーションを起こさないためにも 法律に則った税務署などに対する外部報告用の決算書と、 羅針盤のNがきちんと北を指すような、経営者が意思決定するための真実の数字が あることを知っておかなければなりません。 私は数字を扱う仕事をしている者として、 このような事態がけっして起こらぬように 現実(真実)がしっかりと数字に表れる仕組みを構築しなければならないと感じています。さらに、経営者の皆さんが真実の数字を読み解く能力を手に入れれば、経営はより一層強い力を持つことができます。一緒に学び、本物の数字とコミュニケーションをとっていきましょう!