ふと気が付くと、他人と自分を比べてしまっている。そんな経験はありませんか?「隣の芝が青く見える」時こそ、気づきのチャンスです。
隣の芝が青く見えるのはなぜ?
「隣の芝が青く見える」という言葉はもともとは英語からきており、日本では「隣の花は赤い」と言ったりします。他人の物がよく見える、うらやむという意味ですが、世界各国に似ている表現があるんだとか。どうやら私たち人間は、他人のことを気にすることを避けては通れないようです。他人と自分を比較しても、あまりいいことはありません。誰かを目標にして頑張れることもありますが、どちらかと言えば、自分よりも相手が優れていることを悲観的にとらえ、落ち込んでしまうのではないでしょうか。
このような思考に陥っている時は、何かの原因で自信を失っている状態が考えられます。頑張ったのに結果が出なかった、思い通りに事が進まなかった、そんな時に、ついつい他人と自分の状態を比べてしまいます。また、嫌なことやショックなことがあると、自分以外の人たちが幸せに見えてしまうということもあるかもしれません。心の健全度が下がっているときに巻き込まれやすい感情でもあります。
もし、自分は他人と比べられたくない!比べたりしない!と思っていても、社会や教育や時代背景などから、ほとんどの人は自分の意思にかかわらず順位付けられた経験があります。テストの点数や通信簿、売り上げ成績などで、結果を見て判断をしたり次の行動に移すことはとても大切です。ですから、順位付けが悪いわけではありません。ただ、私たちは無意識に順位をつけている習慣があることをおぼえておきましょう。
その芝生は本当に青いのか
そして、青い芝の持ち主は、その芝を青く保つためにどんな努力をしているのでしょうか。本当の姿は、誰にもわかりません。あなたの想像以上に芝の手入れをしているかもしれませんし、人知れず悲しい思いをしているかもしれません。その人にも、あなたの持っている芝が青く見えているかもしれないのです。さらに言えば、「隣の芝は本当に青いのか」という視点も必要です。近づいてみたら、思っていたよりも青くないかもしれませんよね。「うらやましいけど他人は他人、自分は自分」と思うことが大切なのではないでしょうか。
でも、わかっていても抜けられない悪循環に巻き込まれていることもあるでしょう。そういう時は、その感情が自分を成長させるのかどうかを考えてみてください。アドラーはこんな風に言っています。
「劣等感が、あなたが自己成長するための心の原動力になるのであれば、むしろ持っていたほうがいい」
劣等感は悪いものではありません。でも、もしその劣等感が、次の行動のブレーキになっているのであれば、早くその感情を手放したほうが自分のためになります。隣の芝が青く見えているときは、自分の芝をどうしたら青くできるのか、足元の芝をどう手入れすればいいのか、考えてみましょう。あなたの芝を青くできるのはあなた自身しかいないのです。